トタール・シューン

ドイツ語を勉強しにドイツへやってきたニートの日常などです。

ドイツ生活が一ミリも楽しくない件について

かれこれ5年くらいドイツにいますが、ドイツ生活に楽しさを覚えられないのは往々にして引きこもりだからです。友達がいない人間にとって第二の生きがいとなりえよう仕事も別に楽しくなければ将来性もない。仕事でお金をたくさんもらえるわけじゃないからなにかアクティビティ的なことをしようにも”出費”のストレスが常に付きまとう。これといった趣味もない…。つんでいるのです。

 

いまわたしは大学生をしていますが、大学卒業できた暁には今学んでいることに関する職をドイツで見つけて引き続きドイツで生活をしていくことになる予定です。

なんていうか差別主義的でほんとごめんなさいって感じなんだけど、ドイツ人のために働くのってなんとなく嫌だな~って思っちゃってる。この前YouTubeでたまたま東横キッズについてのドイツのドキュメンタリー動画みたいなのを目にしたんだけど、日本にいるそういう子たちに対しての支援的な仕事はぜひしたいなって思った(大学で学んでるのはそういう系のこと)。けどドイツのどこかしらの中央駅付近でふらふらしてる薬中とかホームレスのためになにかしたいかといわれるとピンとはこない。中高生にむけてなにかしたいかといわれても特にモチベーションはわいてこない。そう、したくないとか拒絶とかじゃなくて、モチベーションが湧かない。湧かないから将来の仕事の選択肢に対して明るい気持ちになれない。

 

なんでモチベーションが湧かないかを考えたとき、そういう困っている人たちの背景がよくわからないからじゃないかと思えてきた。日本で生まれて日本で育ってきたわたしは、なんで不登校になるのかとか、転職のこととか仕事のキャリアアップのこととか、当事者になった経験がないものももちろんあるけど、ドイツのもろもろのことよりももっと親身に寄り添えるというか、その現状にいたった背景とかしがらみとかを想像しやすいし、だからこそ「力になりたい」って気持ちが湧きやすい。ドイツでは経験が浅すぎて、人付き合いも社会経験も少ないからなかなか他者の力になりたいってならない。

 

だから今後の大学生活ではドイツについてもっとよく知ることをメインにしていこうかなって思ってる。わたしの性格的にもまずは知って理解することが行動を促すうえで大切だし、まあ目標があったほうが楽しく生きれそうだからね。

 

 

大学での人付き合いについてはいまだに破滅的だけど、まあぼっちなのにはなれてきたし、いわゆる同級生のやや顔見知りの人たちとは授業あまり被らなくなってきたので、ぼっちでいることの恥ずかしさ的なのももはや薄れてきた。ぼっちの最大の原因であろう、ドイツ語が話せないってことについてもそのそもそもの要因であろう「文法ミスしながら話したくない」っていう気持ちもなんか最近はどうでもよくなってきて、なんならドイツ語勉強を始めたころからの目標だった「ネイティブのスピード感でドイツ語を話したい」っていうのも最近は違うなって思えてきた。なんならゆっくり丁寧に話せるようになりたいなっていうのが最近の目標。

ゆっくり丁寧に”伝わる”ドイツ語を話したいから、それを大学内・ゼミ内でのコミュニケーションの場で鍛えていきたいなって思ってます。

そう、学期前はこうやっていつも前向きなんだよね。これからどうなるかはこうご期待…。